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「火の玉小僧」「農爺」「かんのんさま」富士北麓の雪形色々

富士北麓は富士の雪形を観察する絶好の場所と言える。昔から雪形は注目されていて古くは北斎の「甲斐の不二 濃男」(濃は農のことだと考えられる)に描かれている。また、昭和33年発行の「富士巡り」(松尾書店発行)では河口湖在住の中村聖湖氏が「うら富士の残雪」と題した一文で「富士の残雪模様」として「農鳥」「牛方」「登り竜」「帰る雁」「帆かけ舟」「天狗面」「火焔仏」「黒牛頭(くろごづ)」「舞い鶴」など名前を紹介している。(この頃はまだ「雪形」と呼んでいなかった)下に富士北麓からの雪形を紹介する。
筆者の思い込みの成果なので異論もあろうが、季節の楽しみとして皆さんも自分の雪形を見つけてみてはいかがだろうか。今が旬、7月の開山の頃にはみんなどこかに帰ってしまう。それまでの楽しみである。

火の玉小僧 2007年5月12日撮影 (富士吉田市)
火の玉小僧は切り絵芸人の百鬼丸が創作した架空の生き物、ひょうきんでちょっとかわいらしいのが受けたのか、氏の代表作の一つになっている。現在メモワールグループの定期雑誌「ゆずりは」の表紙に毎号出現している。(右は2009年新年号の「ゆずりは」)その火の玉小僧が富士山五合目に雪形として出現。2009年はもう姿を消したが、来年以降が楽しみだ。
「富士の鳳凰」と「泳ぐ子くじら」
2004年2月撮影(富士吉田市)


富士の鳳凰の雪形は農鳥の前に現れる。まだ、残雪が多く、強い西風で斜面の雪が飛ばされ溶岩の流れ落ちた跡が白と黒の羽のように広がり、鳳凰が山頂めがけて舞い上がる様子が出現する。左の赤丸の写真だ。黄色の丸は「泳ぐ子くじら」
鳴沢の雪形「あかちゃん」「農爺」「かんのんさま」
2009年6月2日撮影(鳴沢村)
以前に鳴沢村の雪形「農爺(のうじい)」が出現すると聞いていた。しかし、どこに出るのか、毎日見ていてもなかなか分からない日が続いた。ところが、先日いつもの場所から観察していると、なんとなんと色々な「雪形」が現れた。右のABCがそれである。拡大してみると下のようになる。AとCは筆者が始めて名づけるものだと思うが、Bの農爺は古くから伝わるものではないかと思われる。村役場のある課長さんは「武者にも見える」とおっしゃっていたが、そう言われると剣を持った太古の武者にも見える。全てイメージなので見る人によって変化があるだろう。
A あかちゃん               B 農爺                      C かんのんさま
駆け登る子馬 2006年6月2日撮影(富士河口湖町船津)
下は農鳥の出現する少し前の様子だが、良く見ると馬が駆け上るように見える。写真中央は船津からの拡大写真だが、右下は富士吉田市から同じ場所を拡大したものだ。こちらの方がより馬らしく見える。「黒駒にまたがり富士山に登った聖徳太子」の話は有名だが、それにちなんで「駆け登る黒駒」の雪形だとすばらしいのだが、白馬でしかもかわいらしい子馬でも楽しいものである。
「いるか」と「ひよこ」 2007年6月2日撮影(富士河口湖町船津)A「いるか」 B「ひよこ」
富士河口湖町創造の森からの観察。6月上旬観察可能。
富士の雪形を楽しもう1富士の雪形を楽しもう2恐竜発見・・・雪形ですけどね北斎も描いた富士の雪形
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