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大涌谷からの富士 今昔
このサイトの古写真のページにあった左の白黒写真。どこから撮影したのだろうか、こんな疑問のメールが富士市の渡辺氏から寄せられました。後日左下のすばらしい富士山の写真が送られてきました。全くぴったりの位置でした。こんな良い天気で、しかも雲がない富士山はなかなか撮れません。渡辺様ありがとうございます。
そこで、折角ですので大涌谷の今昔を振り返ってみました。
大涌谷に掲示されていた歩道案内板(2007年)
左の雲のかかった富士白黒写真は古いポストカードの大涌谷からの富士です。撮影時期は不明ですが説明の文章が右から左に書かれているので昭和初期でしょうか。
大涌谷からの富士上 古写真(昭和30年代?)
            下 富士市渡辺氏提供(2007年)
上の地図はクリックで拡大します
上の地図は大正2年発行の「箱根八里」(箱根の石内旅館発行)に掲載されていた大涌谷周辺の地図です。この頃、大涌谷へのアクセスは徒歩だけでした。早雲山線自動車道(小涌谷ー大涌谷ー湖尻間8.94km)が県道として開放されるのは昭和36年だそうです。(西武グループの歴史http://www.k2.dion.ne.jp/~hkg/index.html)



延命地蔵尊(左)も昔からありました。現在(左)のお堂は昔のお堂(右)に比べて立派になりましたね。
歩道を冠ヶ岳に向って登るところです。今は階段や手すりが整備されています(左)が、昔はゴロゴロの道ですね。(右)
左は北側斜面、ロープウエイの下の今(左)昔(右)です。写真の位置の違いかも知れませんが、なんとなく昔のほうが蒸気が多そうですね。
硫黄を含んだ熱湯を利用して作る黒玉子はなんとなく滋養に富んだ気がしておいしかったのですが6個セットしか販売していなかったので、1人ではもてあましました。
それにしても現在のように地中深く掘って汲みだす温泉と違い、大涌谷からの温泉は効能もすごそうな気分になる風景でした。
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