富士みずほ通信 今月の表紙目次-マル得情報写真館絵画館登山周遊温泉歳時記今昔
歴史と自然野鳥山野草木-なんでも館吉田うどんクイズ富士山検定考ショッピング(広告)

情報源過去総目次リンクご挨拶メールプライバシーポリシー
江戸の節用(辞典)に描かれていた富士山図
左と下の図は江戸時代に発行された「節用」*に掲載されていた富士山図だ。左の富士図は裾野の街を紹介している。また、下の富士図は各地から富士山の見える様子を伝えている。

永代節用奥書蔵:嘉永二年(1849)再刻版、江戸大節用海内蔵:文久三年(1863)増版より)

六世紀聖徳太子の時代にも富士山の上を舞い登る図があるのだから推測だが相当以前から富士山に登っていた人がいるのだろう。伝説では奈良時代の「役小角」が最初の富士登山者となっている。いづれにしてもこのように古くから江戸にかけて蓄積された結果がこの図となっている。
左は富士山の登山道の様子を描いたものだが五合目と一合目が同じ場所に書かれるなど実際に使う地図ではなくデフォルメされた図となっている。しかし、当時の様子を垣間見ることはできる。楽しい図である。下はこの節用に掲載されていた本州と四国の地図だ。現在の地図とはかなり異なっているが、当時はこの程度でも十分役立ったと思える。富士山のある甲斐と駿河、そして江戸の近くを下に拡大してみた。甲斐の図は現在の山梨に良く似ている。車はなく測定機器も簡単なものばかりの時代なので、このような地図がまとまっていることさえすごいことかも知れない。
 

今月は節用から富士山の図を紹介しました。皆さんからもリクエストがあれば調べて分かる範囲ですがご紹介します。ご意見やご要望をお待ちしています。

○瑞穂通信表紙 ○瑞穂通信目次

↑頁トップへ        富士北麓−瑞穂通信=富士みずほ通信 http://www.fjsan.net